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6歳の誕生日、おめでとう〜☆

なおちゃん誕生日幼稚園のお誕生日会

今月の25日(火)なおちゃんが無事に6歳の誕生日を迎えました!
1年に1回はなおちゃんの事を日記に残したいと思い、久し振りの告知以外のw日記です。

4歳頃までは、人の子どもの成長は早いけど、自分の子どもは毎日じっくりだな~という感じがしていたけれど、幼稚園に入ってから急に成長が早い気がして、もう来年は小学生とは。。
私の方が、もっとゆっくり大きくなってくれないと、日常の生活をやりこなすだけでもういっぱいいっぱいなのに、次の小学校の事までまだ考えられないよ~~という感じで、頭がついて行きません。。

だけど、ここまで良く病気もせずに、可愛く、優しく成長してくれましたハート達(複数ハート)

なおちゃんが生まれてから、私が毎日、声を大にして叫びたい事、本当は毎日日記に書き綴りたい事は、「なおちゃん、大好き~~、世界一可愛い~~!!!」と言う事で、それを毎日何度も絶叫したい衝動にかられる日々で、それは6歳になった今も続いている~。

365日24時間、毎日飽きる事無く続き、日を重ねるごとに更に愛情が深くなるこの現象って何なん~~?って、この世のものとは思えない衝動に、毎日が驚き富士山

とは言え、勿論、二人で日々本気で喧嘩したり言い争ったりは普通に何度もしているけど、それも含めての話。
私は怒りながらも、同時に可愛いという気持ちが溢れてくるし、なおちゃんもお母さんの事が大好きなので、仲直りの早さもとっても早い!

なので、1日何回も、なおちゃんは、お母さんから激しく可愛い抱っこをされる毎日わーい(嬉しい顔)

そして、良く子どもについて人と話す時に語っている事ですが、

いつも「可愛い!!」とか「大好き~!!」って言う言葉で、なおちゃんに対する気持ちを表現しているけれど、なおちゃんへの愛に満ち溢れる時の感覚は、「一般的な子どもへの可愛い」とは全く違う感覚の「可愛い!!とか、愛しい!!とか大好き~!!」なんですチャペル

この感覚を、何て言う言葉で表現したら良いのか?
果たして、この感覚を人間が使っている言葉で表現する事が出来るのだろうか?
という事は日々の疑問の一つです目

可愛いの中に、信頼とか慈愛とか責任とか完全完了の存在とか円が一つになった様なとか、自分自身を愛するとか、かけがえのない唯一の存在とか、色んなものが全部合わさって一つになったような、「可愛い~、大好き~」の様な、そんな感覚です。。ペンギン

こんな気持ちが、この世に存在するなんて、これは奇跡の体験としか言いようがない。。ぴかぴか(新しい)

一緒にいたら、次から次に色んな遊びを始めて、一緒にいて全く飽きないし、その発想の豊かさに驚かさせられるし、愛にも満ち溢れている。。ひよこ

行きつけの歯医者さんに5歳の子がいると言うと、その歯医者さんのところにも、6歳のお孫さんがいて、家に帰るとずっと賑やかで飽きないって、とっても嬉しそうに言われてました。

孫は無条件に可愛いと言いますが、子どもでここまで、もうこの満ち溢れる気持ちをどうしたら良いの~~という気持ちの連続なのに、孫がこれ以上に可愛いなんて、今は絶対に考えられない!
子ども以上の気持ちが、もしあるならそれはそれで、是非私も体験してみたいけど、もう子どもを可愛いと思うこの気持ちだけで、私は十分幸せ者で、十分満足です。

と言えども、孫とかの顔が見れるなら、それはまた、なおちゃんにも子どもが出来るという訳で、それは全く私が関与出来ない世界からの、奇跡の贈り物なので、今から、おばあちゃんになる事に憧れの気持ちがあります~w晴れ

子どもは常に親に無条件の愛を、惜しむ事無く表現していて、子どもは悟って生まれてくると言うけれど、これは本当だと思う。
幼稚園では、この無条件の愛に満ち溢れた子ども達が沢山いて笑っていて、この天国の様な光景を見ていると、やはりこの子ども達の神聖な命を大切に出来る世の中を、大人はもっと真剣に作っていかないとって思うのです。。

この大人達も、昔は無条件の愛の世界で悟っていて、でも成長の過程で愛の世界よりもこの人生をどう生き延びていくのかや条件付けからの行動の方が優先される生き方になって、そのうち悟りの境地を忘れて、子どもの気持ちを忘れて、自分は頭が良い成長した大人だ!と勘違いしたまま生活する様になってしまうなんて、これが人生だとかこれが人間だとか言えばそれまでですが、本当に残念なお知らせです。。

なので、私の周りの多くの友人が、この無条件の愛の境地に、小さな大人の保護を必要とする子どもの立場ではなく、今度は意識的な本当の大人として成長する旅を探求しているのだと思うと、これはこれで、人それぞれの立場からではあったとしても、色んな思いの中で探求を続ける仲間に対して、とても愛しい気持ちに満ち溢れるのです。。ぴかぴか(新しい)

だけど、この探求の日々無しには、子ども達の無条件の愛を受け止めるキャパシティも大人や親の中には育たないのかもしれません。
(実際、世界の子ども達への虐待の話も後を絶たないのも現状)

実際、子育てや結婚生活を送っていると、独身の時にインナーチャイルド癒したり色々な自己探求していた時には批判的に思っていた思いも、実際の現場に入ってみると、批判出来ない状況も沢山やってきます。
また、離婚は勿論、子どもへの虐待、投影や依存といった世界へと流れて行く可能性の入り口も見え隠れする瞬間もやはりある。
そこの意識的な歯止めは、本人の意思の力や同一化からの距離をとる事は勿論だけれど、全ての人がその意志力を持った上で子どもを産んでいないので、子どもと親を取り巻く環境や人間関係にも大きな責任がる事も、世間の常識となる世の中であって欲しいな~と思う。

この簡単に批判だけ出来ない立場に立つと言う経験や視野が広くなった事も、全てなおちゃんがこの世にやって来てくれたお陰です。
自分の命よりも大切に守りたい存在がこの世にいるという事は、本当に尊いことです。

以前、もう子どもを2人も立派に育て上げている瞑想仲間に、なおちゃんが可愛い~という事を話すと、「子どもがいたら、旦那も何もかも、もう十分な気持ちになって、何もいらないって思うやろ?」って言われた事がある。
その時は、その言葉に「旦那までいらないまでの境地になるかな~?」その意見に共感しながらもそれを言われた瞬間には、実感とまでは行かなかったのだけれど、今になってなおちゃんを抱っこしてその時の自分の中にある感覚の中にいると、「もう、これ以上に何も人生にいらない」と言った完璧に満ち足りた空間に浸る事がやはり本当に起こっている。。

そして、友人である先輩お母さんの言葉の重みも素敵だな~って感じる。

6歳の男の子は、まだ赤ちゃんの要素も残っていて、お互い抱っこ抱っこの日々を楽しめる、この子どもとの一体感の世界。。
スリーインワン的には、母と子がこの一つのオーラで包まれている時期は、6歳3ヶ月までというところだろうか。
この先は、子どもの成長と共に、お互いを愛しく思う心は変わらなくても、実際の距離は変化して行く。
親も子どもも、親離れや子離れの時期が、色んな形や時期がやって来て関係性も変化して行く。

それがやって来るまでのこの時期、もっと一緒に遊びたいし、日常の色んな事を気にかけながらでは無く、何も考慮せずに子どもと一緒にいる時間に没頭出来る環境が保証されていたら、あと2人ぐらいは産めるのにな~ww(お金と体力と年齢制限もなければだけど。。)

だけど、子どもに可哀想だな~と思いながらも料理に洗濯にその他の家事の数々、生活の為のお仕事、地域や幼稚園での役割のお仕事、友人とのコミュニケーションなど、沢山の事もやらないといけないので、子どもと2人で過ごす時間に没頭するにしても時間制限がある現状では、私は一人のお子でもういっぱいいっぱいです。。
(お金さえあれば、これらの色んな事がクリア出来るのに。。とマインドから流れて来る事も良くある。。)

それでも、今だけしかこんな時間は持てないと思い、子どもとの時間を大切にしたいと思うのです。ペンギン

そして、子どもの成長と共に、なおちゃんがこの地球上にやって来て7年、もう一度私自身にもチューニングして行く時期にも来ているな~と感じています。。波

なおちゃんが、生まれてくれて、ここまで大きくなってくれただけで、なおちゃんはかなりの親孝行なお子様だとお思います。
こんな親孝行ななおちゃんに感謝の気持ちでいっぱいです。満月

いつもいつも、お母さんとお父さんの事を愛してくれて、大切に思ってくれて本当にありがとう。
愛情以外はなかなかあげるものがない親ですが、あげれるものは何でもなおちゃんにあげたいという思いはいっぱいあります!

大好きで愛おしいなおちゃん、これからも自分の人生を大きく広げて、お友達と沢山遊んで、素敵な人生を送ってねハート達(複数ハート)ぴかぴか(新しい)乙女座

ブログの書く時間がなかなかないし、書くのに恐ろしく時間がかかるので、書き出したら、思わずかなりの長文になってしまった。。。まあ良いか、最近なおちゃんネタかなり書いてなかし、年に1回ぐらいなおちゃんへの思いを書きまくっても許されるよね~~あっかんべー

6歳の誕生日

母親になるということ :OSHO講話

ムディトからのシェアの転記です。

母親になるということ      <OSHOの講話より>

質問:母親になることについて話してください。

母親になることは、この世でもっとも偉大な責任のひとつだ。

実に多くの人々が精神分析医のカウチの上にいる状態だ。そして、実に多くの人々が精神病院に入っている。そして、実に多くの狂った人々が精神病院の外にいる。

もし、あなたが人類の神経症に深く入って行ったら、あなたはつねに母親を発見するだろう。なぜなら、とても多くの女性が母親になりたがるが、彼女達はいかにして母親になるかを知らないからだ。

ひとたび母親と子供の関係がおかしくなってしまうと、子供の一生は間違った方向に向かう。なぜなら、それは世界との子供の最初の接触、彼の最初の関係だからだ。

他のすべては皆それとつながって行く。そしてもし、その最初の一歩が間違って踏み出されると、生涯が台無しになる。

人は承知の上で母親になるべきだ。あなたは人類が受けることの出来る、もっとも偉大な責任のひとつを引き受けている。男性の方がその意味では少し自由だ。なぜなら、彼らは母親になることの責任を引き受けることが出来ないからだ。

女性にはより多くの責任がある。だから母親になるがいい。だが女だからといって、母親になるのは当たり前だと捉(とら)えてはいけない・・・それは誤った考えだ。

母性は偉大な芸術(アート)だ!あなたはそれを学ばなければならない。だからそれについて学び始めなさい!

2、3のことを私はあなたに言いたい。最初に、決して子供をあなたのものとして扱ってはいけない。決して子供を所有してはならない。子供はあなたを通してやって来るが、あなたのものではない。

神があなたを乗物として、媒体としてただ使っただけであり、子供はあなたの所有物ではない。愛しなさい。だが決して子供を所有してはならない。

もし母親が子供を所有し始めたら、その時には彼の生は破壊される。子供は囚人になり始める。あなたは彼の個性を壊し、彼を物に貶(おとし)めてしまっている。

物しか所有出来ない。家を所有することは出来る、車を所有することは出来る・・・人を所有することは決して出来ない。

だからこれが最初のレッスンだ・・・その為に用意を整えなさい。子供がやって来る前に、あなたは彼を独立した存在として迎えることが出来ているべきだ。彼自身の権利において、ひとりの人物として、単にあなたの子供としてではなく。

そして2つ目のことは、成人した人を扱うように子供を扱いなさい。決して子供を子供のように扱ってはならない。子供を深い尊敬をもって扱いなさい。

神はあなたを主人(ホスト)として選んだ。神は客(ゲスト)としてあなたの存在の中へ入って来た。子供はとても壊れやすく、無力だ。子供を尊敬することはとても難しい。

子供に屈辱を与えるのはとても簡単だ。屈辱はごく簡単に生じる。なぜなら、子供は無力で何も出来ないからだ。仕返しすることも、反抗することも出来ないからだ。

子供を成人として、そして偉大な尊敬をもって扱いなさい。ひとたびあなたが子供を尊敬するようになると、あなたは自分の考えを彼に押しつけようとしなくなる。

あなたはただ彼に自由を与える・・・世界を探検する為の自由だ。あなたは彼が世界を探検するにあたって、もっともっと力強くなるのを助ける。だが、決して彼に方向を与えたりしない。

あなたは彼にエネルギーを与える、あなたは彼に保護を与える、あなたは彼に安全を与える・・・彼が必要なすべてを・・・だが、あなたは彼が世界を探検する為に、あなたの元から遠く離れて行くのを助ける。

そしてもちろん、自由には間違いもまた含まれている。母親にとってそれを学ぶのはとても難しい。

あなたが子供に自由を与える時、それはよいことをするだけの自由ではないからだ。悪いことをする自由、間違う自由もまた必要だ。だから子供を注意深く、賢くあらしめなさい。

だが、彼にどんな戒律も決して与えてはならない・・・誰もそれらを守りはしない。が、人々は偽善者になる。

だから、もしあなたが本当に子供を愛するのなら、ひとつのことを覚えておかなければならない。絶対に、絶対にいかなる方法であれ、偽善者になるように彼を助けたり、強制したりしてはならない。

そして3つ目のこと・・・道徳に耳を傾けてはならない、宗教に耳を傾けてはならない、文化に耳を傾けてはならない・・・「自然」に耳を傾けなさい。

自然であれば何であろうと・・・たとえそれが、時々あなたにとってとても難しいとしても、あなたにとってはとても居心地が悪いとしてもだ・・・なぜなら、あなたは自然に従って育てられては来なかったからだ。

あなたの両親は、あなたを真の芸術、愛では育てなかった。それは偶発的なことに過ぎなかった。同じ間違いを繰り返してはいけない。何度もあなたはとても不安に感じるだろう・・・。

たとえば、幼い子供が自分の性器で遊び始める。母親の普通の傾向は、子供を止めることだ。なぜなら、彼女はこれはいけないことだと教えられて来たからだ。たとえ彼女が何も悪いことではないと感じるとしても、そこに誰かがいれば彼女は少しきまり悪く感じる。

きまり悪く感じなさい!それはあなたの問題だ。子供とは何の関係もない。きまり悪く感じなさい。たとえそれで、あなたが社会において尊敬を失うことになるとしても、失いなさい。

だが、決して子供の邪魔をしてはいけない。自然に自らの道を取らせなさい。自然が開いて見せようとしていることを、何であれ容易にする為にあなたはそこにいる。あなたは自然を監督するべきではない。あなたはただ助けとして、そこにいるべきだ。

だから、この3つのこと・・・そして、瞑想し始めなさい。子供が生まれる前に、あなたは出来る限り深く瞑想の中に入って行くべきだ。

子供があなたの子宮の中にいる時、あなたが何をしていようとも、すべて絶え間なく子供にヴァイブレーション(振動)として伝わる。

もしあなたが怒れば、あなたの胃は怒りで緊張している。子供はすぐにそれを感じる。悲しい時は、あなたの胃は悲しみの雰囲気を持っている。すぐに子供は活気なく落ち込んで行くのを感じる。子供は完全にあなた次第だ。あなたの気分がどうあろうと、それが子供の気分だ。

子供はまだ自立していない。あなたの風土が彼の風土だ。だから、もう争いはなしだ、もう怒りはなしだ。だからこそ、私は母になることは偉大な責任だと言っている。あなたは多くを犠牲にしなければならないだろう・・・。

もしまさに最初から、怒り、憎しみ、衝突が子供のマインドの中に入れば、その時には、あなたは彼の為に地獄を引き起こしている。彼は苦しむだろう。

そうであれば、子供を世界の中にもたらさない方がいい。なぜ子供を苦しみの中に連れて来るのか?世界は途方もなく苦しんでいる。そもそもこの世界の中に子供を産み落とすことは、とても危険なことだ。

しかし、それでもあなたがそうしたかったら、せめてこの世界において、まったく違う子供をもたらしなさい・・・惨めではなく、少なくとももう少し世界が祝うのを助ける子供を。

彼は世界の中に、もう少し祝祭をもたらすだろう・・・もう少し多くの笑いを、愛を、生を・・・

OSHO:God is Not for Sale、(1978)より     (「ニュー・ウーマン誕生」めるくまーる社)

怒鳴ることは、心配しなくていい・・ぜんぜん心配いらない。

シャンタンやムディトがmixi等でシェアしてくれた、OSHOの講話です。

私は毎日、ほとんどの時間、なおちゃんが可愛くて可愛くて仕方が無い毎日を送っているけれど、やっぱり怒る事も当然あって、「怒ったと思ったら次の瞬間、可愛い〜って抱きしめたり」かなりのスピードで私は変化するので、「なおちゃんは、一体どっちやねん、って思うかな〜?」「でも、さっきは怒ったけど、今は可愛い気持ちが溢れてくるから仕方ないよね〜」って思う事が時々あるんだけど、やっぱその瞬間の自分に正直な関わり方で良いんだ!って勇気づけらる講話でした。

そして、このブログを読んでくれている子育て中のママたちにもきっと助けになるだろうと思い、ここに転載させてもらいました。

OSHO

『現実的な親子関係      ダルシャン日誌より  (1976年8月19日)

OSHO・・・何か言うことはあるかな?

アンパ・・・何ひとつ言うことなど考えつきません・・・。それならば、母親であることについてお聞きしてもいいですか?私は母親としては上手くやっていると思うのですが、ひとつだけ子供達を駄目にしてしまいそうなのに、私にはコントロール出来ない大きな問題があります・・・。

それは彼らに向かって怒鳴ることなんです。私はごく穏やかな人間なのですが、息子が何か私の気に入らないことをやると、彼を怒鳴りつけてしまいます。それはまるで私ではないみたいなんです。

OSHO・・・実際にはどうなるのかね?ちょっと私に状況を説明してごらん。

アンパ・・・彼が妹のところへ行って彼女をつねると、妹の方は悲鳴を上げます。それで私は神経がまいってしまって、彼に止めろと怒鳴るんです。

OSHO・・・いいや、怒鳴ることは心配しなくていい・・・全然心配はいらない。それは自然なことだ。ただひとつだけ心にとめておかなくてはならないことがある・・・愛することによって、そのバランスを取ることだ。

ときには怒鳴りたくなることもあるだろう・・・そして、子供達はそれを理解してくれるものだ。なぜならば、彼らは自分でも怒鳴っているのだから・・・それが彼らの言語なのだ。

もしあなたが、内側で煮えくり返っているのに怒鳴らなかったら、子供は何がどうなっているのか全く訳が分からなくなってしまう。それは子供の理解を越えているからだ。

彼には感じることが出来る・・・まさにあなたの波動自体が怒鳴っているのに、あなたの方は怒鳴らない。それどころか微笑んだりしている。コントロールしている。子供というのはそのことでとても混乱してしまう。

というのも、彼には母親が騙しているように感じられるからだ・・・。しかし、子供達は決して欺瞞を許さない。彼らはいつでも真実を受け容れる用意ならある。子供達というのは、とてもとても経験主義的で、とても地上的で、地に着いている。

彼らは、あなたが怒鳴るのは受け容れられる。自分達もそうしたければ怒鳴っているからだ。もしあなたが怒鳴ったら、彼らはあなたと自分達との間の架け橋を感ずるだろう。

なされ得る唯一のことは、それについて罪悪感を持たないということだ。さもないと、あなたの罪悪感が混乱のもとになってしまう。あなたの罪悪感が、彼らにいろいろな問題をつくり出してしまうだろう。

彼らは、自分達があなたの罪悪感の原因になっていると感じ始めるに違いない。自分達があなたに罪悪感を抱かせているのだ、と。それが今度は、彼らの中に罪悪感をつくり出してしまう。罪悪感が罪悪感を生む。

だから、そうしたい時には怒鳴るがいい。ただひとつ心にとめておくべきなのは、愛によってそのバランスを取ることだ。そうしたら、愛する方も狂ったように愛しなさい。彼らを怒鳴るのだったら、彼らを愛することもしなければならない。ちょうど同じ狂ったような愛し方で・・・。

彼らを抱きしめなさい。彼らと踊りまわりなさい。彼らは、自分達の母親は野性的なのだということを理解してくれるだろう。そして彼らは、あの人は自分達を愛しているのだから、怒鳴る権利もあるのだということを分かっている。

もしあなたが怒鳴るだけで、強烈さと情熱をもって彼らを愛してやらなかったら、それは問題だ。だから、問題は怒鳴ることからやって来るのではない。それは、あなたが愛することによって、そのバランスを取らない場合に出て来るのだ。

だから、とにかくバランスを取り続けなさい。それが全てだ。そして真実でいること。もし怒鳴りたいのだったら、あなたは怒鳴りたいのだ。どうしようがある?あなたが出来ることなど全て一種の抑圧になってしまうだろう。

あなたはそれを抑えることも出来る。それを中で止めておくことも出来る。しかし、それは非直接的な出方で外に出て来るだろう。そして、子供達にはそういう非直接的な出方は理解出来ない・・・彼らはまだ文明化されていないのだ。

彼らは抑圧という言語を知らない。彼らは何か間違ったことをやったら、自分が叩かれるというのは理解出来る。しかし、何か間違ったことをやったのに、あなたの前に出るとあなたが微笑んでいるというのは理解出来ない。これはただただ、彼らを困惑させてしまう。

それはあまりにも不自然だ。彼らはそんなものは信じられない。お母さんはそれをごまかしているに違いない・・・というのも、彼らに出来ないそんな不自然なことが、どうしてあなたに出来るのか?そしてもちろん、彼らの方があなたよりも自然に近く、あなたよりも自然をよく理解している。
子供が何か間違ったことをやって来たら、彼は叩かれる心の準備をして来る。もしそれを叩かなかったら期待が裏切られて、その子は欲求不満になってしまうだろう。それを思い切り叩いたとしても、何も間違いはない。ただ、それは温かいものでなければならない。

そのお仕置きは、冷たいものではなく温かいものであるべきだ・・・そして、そのふたつの間には大きな違いがある。冷たく叩いたり冷たくぶったりするのは、あなたが抑圧しているからなのだ。

たとえば子供が何かをやって、あなたが自分の怒りを抑えたとする。それは温かい瞬間にもなり得た。もしあなたが彼をぶち、彼を怒鳴っていたら、全ては温かく生き生きとしていたことだろう。

ところが、あなたはそれを抑圧してしまった。後になって、その子が何もしていないというのに・・・6時間も経って、彼の方はけろりと忘れている・・・あなたの方はまだ忘れられない。それを抑圧したからだ。もう、ことの全体が冷たくなってしまっている。そうなると、あなたは何か口実を見つける。

「あなたは宿題をしてないでしょ!宿題はどこにあるの!」さあ、これは冷たい。あなたは仕返しをしているのだ・・・そうせずにはいられないだろう。さもなければ、それはあなたにまとわりついて離れない。あなたは何かしらせずにはいられない。さもなければ、それを厄介払いすることが出来ないだろう。

あなたは何か理屈に合った口実を見つけ出す。怒鳴るというのはとても非合理的だ。が、自然だった。ところが、あなたは何か不自然だけれども合理的な口実を見つけ出すに違いない・・・彼が宿題をやっていないとか、服が汚れているだとか、今日はシャワーを浴びていないだとか・・・。

あなたはまだ怒っている。だが、あなたのその怒りは冷たい。あなたの方はそれによって、その抑圧を厄介払い出来るかもしれない。しかし、それは醜い。それはちょうど、冷めた料理を食べるのに似ている・・・消化にも長い時間がかかるし、胃にも重くもたれてしまう。

子供は理解することが出来ない。それはほとんど不可能だ。彼は何もしてやしない。彼はこんなことは予期してはいなかったし、6時間前に起こったことなど全く忘れてしまっている。子供というのは、どんな記憶も決してそんなに長くは持ち歩かない。そうやって、不信感が湧いて来る。

なぜなら彼は、母親と自分とはどこか全く違うと思ってしまうからだ。彼が何か間違ったことをすると、母親は微笑む。そして何も間違ったことをしていない時には、彼女は叩いたり、怒鳴ったりするのだ。しかも、冷たい怒鳴り声にはハートがない。

だから温かくしてあげなさい。彼らはあなたの子供達なのだし、あなたは彼らの母親なのだ。あなたは自然な、流動的な関係を持たなくてはならない。心理学者達が吹聴していることなど耳を傾けなくていい。その50%はほとんどガラクタだ。

彼らは世の中のたくさんのビューティフルなものごとをぶち壊しにしてしまった。今では母親達や父親達は、子供達に対してどういう振舞いをするかという手引書を読んでいる。何という愚かしさだろう。

そんなことは読まないでも分かる・・・ひとりの母親であることによって、あなたはどう振舞うべきか分かるのだ。何も誰からも学ぶ必要などない。ただ、自然でいるがいい。ああいう手引書は全部焼き払うべきだ。自然に耳を傾けなさい。

あなたは母親なのだから、ちゃんと分かるはずだ。どうやってねずみを捕まえるか手引書を調べに行く猫はいない。彼女はあっと言う間に飛びかかって捕まえてしまう。彼女は猫だ・・・それで充分なのだ。何の証明も必要ない。どんなカウンセラーも必要ない。

あなたは母親なのだ。終わり!あなたの母なる自然が面倒を見てくれるだろう。ただ自然でいて、常にバランスを取りなさい。もしあなたが自然でいれば、バランスはひとりでに取れるだろう。
私がそう言っているのは、あなたが忘れないようにするだけの為だ。そうしないとあなたは怒鳴ったり、自然であることは一人前に出来ても、彼らを愛さない可能性がある。

そして、愛というのは何かマインドの中にあるだけのものではない。あなたは、自分が彼らを愛していると思う・・・それだけでなく、何かしらやってごらん。ちょうど、あなたが怒鳴るのと同じように・・・怒鳴るというのは、物理的なことだ。

ときには、自分がこんなにビューティフルな子供を持っていることを理由に、歌ったり、踊ったりしてごらん。そうすれば何も問題はない。ときには彼らを抱きしめなさい。彼を近くに抱き寄せなさい・・・彼にあなたの体を感じさせ、彼の体を感じてごらん。

彼はあなたの体の一部なのだ。彼はあなたの温かみを必要としている。ときには彼の手を取って家中駆け回るがいい・・・泳ぎに行くがいい。ときには彼を浴室に連れて行き、ふたりとも裸になってシャワーの下に立ってごらん。

そうすれば、彼は自分の母親が自然だということを完全に理解するだろう。彼女のやることは何でも正しいんだ・・・。

私の見る限り、何も問題はない。Good、アンパ。

「生命の歓喜」(Dance Your Way to God)(めるくまーる社)より 』

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5歳の誕生日

最近特に、イベントやワークショップの告知がメインのブログになっていますが、その中でも、何よりも一番大好きで大切ななおちゃんの誕生日の記録だけは、欠かさずに書いていきたいな〜って思っています。

そして、今年もこうやって、お誕生日の思いでを書ける事に幸せと感謝で一杯です。

昨日、6月25日の5年前。

なおちゃんがこの世に誕生しました。

そして、昨日は5回目の誕生日を無事に迎える事が出来ました。

家庭の事情により、1年遅れで今年からスタートした幼稚園生活。

近所のごくごく一般的な公立の幼稚園だけど、田舎のせいか、とってもゆったりしていて、お友達もみんな穏やかな子供ばかりで、人見知り&場見知り気味のなおちゃんで心配したものの、直ぐにお友達も出来て、帰って来た時はいつも「楽しかった!」って言ってくれるし、お友達の名前も日に日に増えていて、とても安心しています。

なおちゃんよりも私が幼稚園に馴染めるのかも心配だったけど、私にも話しやすいお母さん友達が出来たし、他のお母さん達もあっさりしてて良い人ばかり。

テレビとかで耳にする、幼稚園でのママ友との大変さみたいなものは今のところ全く無く、私自身も一安心です。

昨日は幼稚園での6月生まれのお友達のお誕生会で、当初の日程が変更になったおかげで、なおちゃんの誕生日当日のお誕生会でラッキーでした!

幼稚園に行き出して、声が大きくなったし、私がオーガナイズしているワークショップに一緒に参加する時なんか、なおちゃんの意思で、自ら自己紹介をしてくれます。順番を飛ばしてしまったら、必ず「次はなおちゃんね!」ってアピールまでしてくれて、成長したな〜って思って嬉しくなります!

それに加えて、それらのワークッショップでは、いつも自分の一番好みのお姉様を見つけて、そのお気に入り彼女へのラブアピールを怠りませんww

冬頃は、こっそりタッチって感じだったのに、もうこの前の瞑想会では、彼女を意識してダンスまでしていて、それもお気に入りの一人の女性以外には見向きもしません。まあ、八方美人じゃないところは良い所だな〜って思いますw

なおちゃんの4歳の1年間は、震災の影響もあり、外遊びが減って、尚かつ住む場所が転々とし、今の豊能町の家では、慣れない環境と寒過ぎる環境と大阪市内へ出る事が一苦労となり、DVDがなおちゃんのお友達の様な生活になってしまって、退屈な身体をあまり使わない1年にしてしまったな〜とちょっと気にしていたので、5歳からは色んな事にチャレンジして行って欲しいな〜って思います。

幼稚園の給食を食べてから、誕生日のお祝いに、なおちゃんが大好きな「ユニバーサルスタジオ・ジャパン」に遊びに行きました。

と言うのも、昨日でUSJの年間パスポートの期限が切れて、今後購入予定は今のところ無いので、恐らく今後行く機会はかなり無くなるだろうと言う事を含めての来場でした。

最後だというのに、色々新しく出来たアトラクションを試すのではなく、なおちゃんはいつものペースで小さな頃から慣れ親しんだところだけで遊びました。

最後なのに、もったいないな〜って私達は思ったけれど、なおちゃんらしくて、本人が楽しんでいるから、まぁいっか〜。。。って感じです。

それにしても、こんなに可愛いまま、素直に優しく、本当になにひとつ問題も無く成長してくれたものです。

生まれてから毎日24時間、絶え間なく、最大限に可愛さと愛しさに溢れている、なおちゃんがこの世にいてくれる事は、本当に奇跡だし、感謝の気持ちでいっぱいです。

こんな幸せがこの世にあるなんて、とても素晴らしい体験を私に与えてくれた、なおちゃんの存在は、とてもとても大きい存在です。

大好きななおちゃん、これから、なおちゃんの社会は拡大して行き、色んな体験をして行くと思うけど、これからも元気で大きくなってね♡

生まれて来てくれて、本当にありがとう☆大好きだよ♡♪

幼稚園に行くと、なおちゃんと同じ様に無垢で無邪気な子供達の姿を見て、胸がいっぱいになり、この子供達の命を大切に守りたい。。といった思いで満たされます。

ますます、この元気な子供達にしわ寄せが来ると分かっている社会構造が進んでいる日本。。この社会構造に負けずに生きて行ける力をみんなには付けて行ってもらいたいと思います!

LOVE

入園式

今日、4月10日(火)、ナオちゃんの、人生初の幼稚園の入園式でした~桜

とってもいいお天気で良かった~晴れ

平日やから、アマラナは仕事とか休めないだろうと思いきや、「えっ?普通休んでいくもんやろ?」って言うので、「そう?平日に休んでまでお父さんも来るもの?」って思ったんだけど、3人で行ける方が良いに決まっているので、3人で朝からいつも着ない服とか着て、入園式に行きました。

ナオちゃんは、今までも幼稚園嫌~って言ってたので、朝から、お腹痛いってなったり、「なおちゃんね~、幼稚園苦手やねん!」とかいきなり言い出したり、幼稚園の通園服を嫌がり、結局幼稚園の服は、幼稚園の駐車場で車の中で着替えました。。あせあせ

普通は年少さんからなんだけど、なおちゃんは、私達親の行動が定まらずに、年中さんからの入園式です。
新しく入った年少さんは全員で5人いて、同じクラスには3人いました。
まあ、一人じゃなくて良かった。

でも、今まで子供とすらほとんど遊んだ事がなく、集団となると更に経験が無く、その上新しい環境に慣れるのに人一倍時間がかかるなおちゃん。。。
やって行けるのだろうか。。クローバー

デモ、家でたいして遊んでくれない私といるより、幼稚園で色んな体験をした方が間違いなく楽しい日々を送れるに違いない!ウッシッシ

初めは、隣の、とっても愛想のいい同じく新入生の男の子を緊張のあまり威嚇したり、「全員立って下さい~」にも、名前を呼ばれても無反応なのに、「これで入園式を終わります!」って先生が言った瞬間だけ、一人立ち上がったりして、後ろで見ている私達は、とっても笑えましたあせあせ

それでも、クラスに帰って、トイレも一人で行けて、トイレの後手を洗うのも大嫌いなのに、皆が手を洗っているのを見て、自分も手を洗いに行ってちゃんとポッケの中のハンカチで手を拭いていたり、やってる姿を遠くから見て、ちょっと安心しました。

お家では、持ち物に全て名前を書く様に言われていたので、出来るところから名前を書いていたんだけど、この作業してたら「私、お母さんみたい。。。」って思ってしまいましたウッシッシ

ナオちゃんが産まれてから、こんな風に自分の事を「お母さんみたいだな〜」って感じたのは初めてかも!

今まで、散々、お乳あげて、おむつ変えて、ご飯を食べさせて、お風呂入れてとかやって来たけど、それらはあまりに自然な流れ過ぎて、自分の事をしているのと全く同じ一体化した感覚だったので、この「お母さんみたい〜」って感覚がとっても新鮮でした。って言ってもかなり不器用な感じの対応な母親ですが。。
今日も帰って、明日の持ち物の準備もして、バスに乗り遅れない様にアラームもセットして、ナオちゃんが生まれて初めて、お母さんがしっかりしなきゃって思う体験をしてますウッシッシ

私が、一般的なお母さんや幼稚園とかって言うのが分からないって言うところが、一番心配なところかもしれないな~あせあせ(飛び散る汗)

ナオちゃんは、まあ自分のペースでやって行ってくれるだろうと思います。

これから、初めて、私が知らないナオチャンの人生経験が増えて行くんだな~って思います。
「親って、自分がどんな思いで生きているかなんて本当に知らない」と子供の頃から良く思っていたけど、私が知らないナオちゃんの人生が、ここから、一気に増えて行く瞬間なんだろうな~。

幼稚園は、あんなに、小さな頃から色んな幼稚園を見学して来たのに、結局町立の、本当に普通の幼稚園への途中入園です。
役所の管轄の一部って雰囲気も本格的ですウッシッシ
その上、引っ越しもする可能性がまたもや浮上して来て、ゴメンネ、ナオちゃんって感じです涙

子育てって、親の思う様には出来ないって良く言うけど、本当そうだな~って、幼稚園の件に関しても、また人生の面白さを感じています。

担任の先生、良い先生だったら良いな~。。。。

それでも、幼稚園の制服を着たナオちゃんはとってもとっても可愛くて、見てるだけで幸せな気持ちでいっぱいになります!
良い人生を送ってね!富士山ナオちゃん!!ハート達(複数ハート)

豊能町の桜は、未だほとんど咲いていませんるんるん桜チューリップ

いい歌

去年の春、初めてナオちゃんと一緒にドラえもんの映画の「新・鉄人兵団 はばたけ天使たち」を映画館に見に行った。

ナオちゃんがドラえもん好きになって初めて知ったんだけど、ドラえもんの映画は、リメイクも多く、「リメイクってどうなん?」と思いつつ「鉄人兵団」って映画も見た事なかったし、何よりもナオちゃんの為にって思いで見に行った。

そしたら、ビックリ。

かなり感激して、アマラナと二人して、ドラえもんを前に親の方が涙ぐんでしまった。。

そして、その中の挿入歌を未だに、なおちゃんは口ずさんでいる。

ピッポのまねをして、ナオちゃんが歌うところがまたいい感じ〜〜♪

いい歌なんだけど、今まで全く調べてない事に気付いて調べてみたら、やっぱり素敵な曲だったので、いつでも見れる様に、アニメ動画集のコレクションに追加しよ〜♪

歌詞

ひとつめは愛 あなたと私はひとつ

ふたつめに願い あなたはあなた 私は私

みっつめに思う あなたはなあに 私はなあに

アイとイムの歌

 

生命の冒険の旅

L’Odyssée de la Vie