この覚醒を深めなさい。。。OSHO講話☆

今日、6月の無極功のクラスの事を考えていたら、シャンタンがOSHOの講話をシェアしてくれた。そして、私が6月のクラスでチューニングしたい事ととてもシンクロしていたので、ここにもシェアさせてもらいました。

無極功を日々の中で実践する中で、いつも気付いてこの覚醒へのサポートとしてもこのOSHOの講話は大切だと実感します。
そしたら、先のブログに掲載した、Shizukaさんからの無極功のシェア。これを合わせて読んで頂きたい!
この繋がり、友人からの情報が、子育てや仕事しながらの今の私をサポートしてくれている事に感謝!
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覚醒は行為ではない。 行為への耽溺は、覚醒から逃げることに他ならない。

肉体、想念、感情には、毎日、多くの変化が起こらなければならない。

毎日、多くのものが変化してゆく。

そこで、自然はあなたを無意識にさせるというやり方をとる。

意識を保ったままでは中心に長く留まっていられないからだ。

周辺にいないように、周辺に向かって走ってゆかないように、

あなたは無意識のなかに投げ込まれる。

眠りにつき、無意識になっているので、あなたは中心にいて、実存に落ち着いている。

だが、目覚めていても、あなたは様々な変化を通り抜ける。

言うなれば、自動車のギアを変えるようなものだ。

ごくわずかのあいだ、あなたはギアをニュートラルに入れる。

ギアを変えるときには、かならずニュートラルを通る。

ニュートラルとは「ノー・ギア」という意味だ。

ローからセカンドに入れる場合、ギアを直接変えることはできない。

変えるにはノー・ギアの状態を通過しなければならない。

そうして初めてギアを変えることができる。

熟練すればするほど、時間がかからなくなる。

実際、熟練したドライバーは、ギアを変えるたびに

ニュートラルを通過していることに気づかなくなる。

それは素早く変わるので、いちいちそれに気づいていなくてもよい。

運転の練習をしている者しか気づかない。

初心者以外は誰も気づかない。

運転の練習をしているとき、いつも厄介なのはニュートラル・ギアだ。

ひとつの行為から別の行為に移るとき、

あなたはかならずニュートラルの状態、中心に戻ってくる。

それに醒めているがいい。

誰かがあなたを侮辱した・・さあ、あなたは変化する。

同じままではいられない。周辺は変わらざるをえない。

同じ顔をしてはいられない。

あなたは顔をそっくり変えなければならない。

さあ、内側で何が起こっているか醒めていなさい。

あなたはまず中心に行き、そしてまた周辺に戻って来なければならない。

そうして初めてあなたは顔を変えることができる。

だから、もし誰かに侮辱されたら、内側で瞑想し、なかに入ってゆきなさい。

相手は変化のきっかけを与えてくれたのだ。

タントラは、この意識が変化してゆく状態を探求者に気づかせるために麻薬を使った。

彼らは、あなたにある種の麻薬を与えつづける。

そして師は「間隙に醒めていなさい」と言う。

あなたはその瞬間までは気づいていたが、今や意識を失いつつある。

その瞬間・・意識が無意識に変わる瞬間に醒めていなければならない。

人はいつも変化している。

こういった変化の瞬間に気づくと、人は中心を自覚するようになる。

禅師はあなたを窓から放り出し、背後から叫ぶ。

「醒めていろ!」あなたは窓から放り出され、中間にいる。

あなたは窓を飛び越して、地面にぶつかる寸前だ。

師は「醒めていろ!」と叫ぶ。

地面に落ちる頃には、あなたの顔つきはすっかり変わっているだろう。

今や状況がまったく変わってしまっている。

あなたは何か形而上学的なことを尋ねるためにやって来たのだが、

師はまったく非形而上学的な行動をとった。

あなたは、神は存在するかどうかと尋ねていたのに、師はあなたを窓から放り出した。

人を窓から放り出すとは、見当違いもいいところだ。

だが、あなたがひとつの状態から別の状態へ、

ひとつの顔から別の顔へと変わるまさにその瞬間を見定めて、師は叫ぶ。

「醒めていろ!」

あなたが窓を飛び越してゆくとき、変化しつつあるのは肉体だけではない。

あなたの意識状態も変化を起こしつつある。

そして、師は意識が変化する瞬間を正確に知っている。

その瞬間を逃さずに師は叫ぶ。

「醒めていろ!」その瞬間に師を聴くことができたら、あなたは周辺から投げ出され、中心にいる。

変化する状況が少しでもあれば、かならず内側をのぞき込むよう心がけなさい。

旅をすべき距離はない。

周辺から中心へ、中心から周辺へのジャンプがあるだけだ。

その振る舞いは、電子の運動、あるいは夢とそっくりだ。

この覚醒を深めなさい。

あなたにできるのはそれだけだ。

それは消極的なプロセスだ。

覚醒はすることではないし、覚醒は行為ではないからだ。

自分の状態が変化しつつあるときは、いつも醒めているがいい。

そうすれば、行為は消える。

行為は、あなたが醒めているとかならず止まる。

あなたが醒めると、呼吸すらもが止まる。

私が短刀をあなたの喉元に突きつければ、呼吸さえもが止まる。

あなたの覚醒が高まるあまり、一切のものが止まる。

あなたは中心に投げ出されている。

覚醒は行為ではない。

実際、行為への耽溺は、覚醒から逃げることに他ならない。

そして、私たちはみな、耽溺してしまっている。

人はとにかく何かをせずにはいられない。

この耽溺があなたが周辺に留まるのを助けている。

油断なく醒めているために、あらゆる機会を使いなさい・・

あらゆる機会をだ。

そして、機会は毎日数限りなくある。

油断なく醒めていなさい。

そうすれば、あなたは周辺から中心へとジャンプするのを感じるだろう。

中心にいることはあなたにとってやさしいものになる。

あなたは家の外にいる。

外は暑くなっている。

ちょっと家のなかに入ってみるがいい!

家のなかに入りたくなったら、入ればいい。

外に出たくなったら、出ればいい。

何もむずかしくない。

周辺から中心への動きがまさにこのようになれば、

やがて、あなたは爆発する。

OSHO

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